ハマには浜を!

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横浜って地名なのに、浜がないのはなぜ?
海がすぐ近くなのに、近寄れないのはなぜ?
そんな小さな疑問からハマには浜を!が始まりました。元々豊かな浜地であった横浜。開港以来埋め立てられ、経済成長に大きく役立ってきました。まもなく開港150周年。そのわずかでも昔の砂浜にもどし、我々市民の心のよりどころを作ると共に、港の生物達にも生息の場を返したいと思います。この大きな計画には、皆さん一人一人の力が必要です。ぜひご参加を!

※写真の砂浜はイメージです。

2012年2月:ホームページ修正しました。
定期理事会を開催しました。場所:開港記念会館(7月28日(土)14:00〜
定期理事会を開催しました。場所:開港記念会館(5月12日(土)14:00〜
定期理事会を開催しました。場所:開港記念会館(4月22日(日)14:00〜)
定期理事会を開催しました。場所:開港記念会館(3月17日(土)14:00〜)
定期理事会を開催しました。場所:開港記念会館(2月10日(土)14:00〜)



このNPOは横浜に砂浜を再び現出させることを望む市民の集まりです。
1859年開港以来、港湾業務を通じて発展を遂げ、現在に至っているのが我々の横浜市です。1909年開港50年を記念して、市歌が森鴎外作詞で作られています。その二番に「昔思えば苫屋の煙、ちらりほらりと立てりし處」と歌われています。まさに横に浜が連なっていて、“よこはま”と名付けられたのでしょう。

1950年代本牧、三渓園、磯子から金沢八景に至る浜の記憶をお持ちの方々がまだ数多くいらっしゃいます。“浜っ子”と当時我々は呼び交わしていました。浜が消え失せて、八景島だけに収まってしまった今現在、我々の愛称“浜っ子”は死語になりかけています。砂浜があれば 人々は水際に限りなく近づけます。人々は水に触れましょう。その水が汚れていたら、何故? と人々は思うはずです。頭の中での環境問題意識だけでなく、肌で触れて感じる体感も大切でしょう。
東京湾は産業の大動脈ですが巨大な生け簀にも成り得ます。砂浜は生き物を活性させます。自然の連鎖によって、より大きな生物が育つでしょう。我々は江戸前、もとへ、本牧沖の魚にありつけるでしょう。
港は140有余年前から、市にそして市民に沢山の稼ぎを上げさせてくれました。それは紛れもない事実なのですが、一方では、港は神聖な仕事場といって、市民から港を隔離してきました。表向きは「安全」の為、とも教わりました。港に携わる企業は、長い間の市の基幹産業という誇りを隠れ蓑に、市民をなるたけ近づかせない、既得権の塊になってはなりません。港は皆の税金で成り立ってきたものでしょう。

我々は、市民がもっと港の仕事を理解するためには“住”、“職”に“遊”も必要と考えます。いわく、自然に港の役割を感じて考える、のも悪くはないでしょう。
2009年に横浜は開港150年を迎えました。150年以上かけて無くした横浜の浜ですから、簡単には出来ないかもしれませんが、皆さんの思いが集まれば「浜風」が吹きます。熱意が高まってそれは熱風の浜風に成りましょう。

横浜市民に、我ら“浜っ子”と高らかに肩を組んで貰いましょう。NPO ハマには浜を! は皆さんの熱意を集約いたします。ご参加ください。


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